2247 認知症と向き合う(3)

■バスの来ないバス停

ドイツのとある認知症の介護施設では、
徘徊老人の対策で頭を痛めていた。
ある日職員の一人が「徘徊する老人の多くは
バスや電車に乗りたがる」傾向があることに
気づいた。
そこで施設の前に「バスの来ないバス停」を
設置した。家に帰りたい」という老人を、
「そこにバス停があるので、バスが来るまで
待たれてはどうですか」とバス停に案内した。

しばらくして「バスが遅れているようですか
ら、中でお待ちになったらどうですか」と
言うと、老人は素直に施設に戻るそうです。

■犬を飼っていると認知症にならない

『犬を飼っている高齢者は、飼っていない人
より認知症の発症リスクが40%低くなる』
65歳以上の1万人を対象に、ペット飼育と
認知症の関係を調査した結果が公表された。

猫を飼っていても変わりはないが、犬との
交わり、朝夕の散歩による運動、近隣の人と
の交わりが関係していると考えられている。

また、一日3.2㌔以上歩く人と、
一日1.6㌔以下しか歩かない人とでは、
歩かない人の認知症発症率は1.8倍に
なった。 

 

2246 認知症と向き合う(2)

高齢者の4人に1人が認知症になるという
状況にありながら、偏見を改め、認知症と
一緒に歩む社会には至っていない。
認知症は、ケアする側もされる側も”対等”
であるべきなのです。

認知症はコミュニケーション障害、
生活障害
の病気です。
自分が何をしてほしいのか分か
っていても、適切に伝えることができず、
不安や恐怖がついて回るようになる。

体の感覚や、時間の感覚もあいまいになる。
イライラして常に緊張が続き、心身にダメー
ジを受ける。
その根底にあるのは、自分自身の存在そのも
のが揺らいでいることにある。

認知症に対して社会は、「心がからっぽで、
明確な意思を持たない」「ボケが始まった人
の声に、耳を傾ける必要はない」などの偏見
がついて回る。

認知症に対する医療は、長年その症状にしか
目を向けてこなかった。徘徊や暴言などを
「問題行動」と見なし、それを抑える治療に
腐心してきたのです。

認知症患者の問題行動は、不安や苦悩に加え
周囲の偏見から生み出されることが多いので
す。
本人の不安や心理にまで踏み込んで、
心や破綻した生活をどう救うか・・といった
課題は後回しにされてきた。
認知症だからと、本人の意思はないがしろに
されているのです。

認知症患者の意思が軽視されたまま、専門医
の目線で、精神病棟に隔離される患者のごと
く、治療が”強制”されることを患者は嫌う
のです。
逆に、本人を人として丸ごと促えれば、
明確な意思を引き出すことができるのです。
ケアする側が患者にケアされることもありま
す。
双方対等の関係を作り上げていく・・
難しく考えずに”意思の変革”が今後の課題
になるのです。

2245 認知症と向き合う

認知症という病は、人間らしさの一部とみな
されるものが、一つひとつ失われていくのを
目にしたとき、初めて知ることになる。

日頃それを当たり前に思っている間は気づく
ことはない。
例えば会話・・相手の言葉を受けて答えたり
質問したりするには、直前に語られた内容を
ごく短い間、覚えている必要がある。

この”短期記憶”をなくすと、言葉のやりとり
ができず、同じ会話を繰り返すようになる。
また”時間と空間の認知”は、あらゆる行動の
基本です。この能力が壊れると、居場所を探
してさまようことになる。

認知症の前段階「軽度認知障害」を発症した
ころ、「まるで暗い洞窟の中へ入って行くよ
うな気持ちになった」という。

ついこの間まで当たり前にやっていたことが
出来なくなる・・今がいつで、ここがどこか?
わからなくなる不安と孤独は、患った本人に
しか分からない・・
幼い少女のようにおびえている。

6年後の2030年には、65歳以上の7人
に1人が認知症になるという。
老いとともに誰もがなりうる病・・私たちは
その病に苦しむ人たちのことを、どれほど
理解しているだろうか・・

日経新聞「春秋」