1816 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
「金沢城・鼠多門復元/姿を現す」
石川県が復元整備中の金沢城・鼠多門と鼠多門橋・・
覆っていた囲いが撤去され、明治初期に焼失して以来の
威容が、姿を現した・・
尾山神社から鼠多門橋を渡り、鼠多門をくぐって金沢城
玉泉院丸庭園に入り、二の丸、三の丸から石川門、兼六園
に向かう、新しい観光ルートが誕生しました。
鼠多門は、左右の石垣に挟まれた3㍍の門扉の上に、
木造2階建ての櫓がある。櫓は幅22㍍、高さ9㍍、延床
面積324平方㍍。なまこ壁に黒漆喰塗りが特徴です。
金沢城は、明治以降陸軍が使用してきたが、戦後は平成
7年まで金沢大学のキャンバスになっていた。
平成13年、都市公園として整備され、市民に解放される
ことになった。
三の丸と二の丸広場に「菱櫓」と「河北門」、旧県庁舎裏
には「いもり堀」「玉泉院丸庭園」などの城郭施設の復元
が進められ、平成27年から「鼠多門」と「鼠多門橋」の
復元工事が行われてきた。
平成7年以降15年に渡り、江戸後期の城郭を基に、
歴史的建造物が、往時のままに次々と復元されてきた。
そうして、金沢城は加賀百万石金沢のシンボルとして、
また、歴史を偲ぶ公園として、観光客が大勢金沢を訪れる
観光スポットに生まれ変わった。
現在、新形コロナの影響で兼六園は閉園中。
金沢に観光客が戻ってくることを心待ちにしている私です。