1814 「吉村外喜雄のなんだかんだ」
幸せな人生 「延命治療を考える(5)」
「私の本当の病気は何なんですか?」
医師はうろたえ、聞こえなかった振りをして話題を変えた。
患者は悲しそうな目で医師を見つめ、まぶたを閉じた。
3日後、末期ガンの告知がなされないまま、患者は家族に
見守られ、静かに旅立った。患者自身は病名も、あと数日
の寿命であることも知らされなかった。
これが尊厳死と言えるのか? 本当に尊厳を守ったと言える
のか。嘘の励ましを受け、偽りの希望にすがて、残り少ない
時間を辛い治療に耐えてきた患者。
苦痛緩和になるからと、いきなり鎮静剤で眠らされ、
亡くなっていく。いったい誰の人生なのか?
真実を知っていたら、違った人生を選べたのでは・・
1秒でも命を延ばすために人工呼吸を行い、強心剤を打ち
ながら心臓を押し動かす。患者の体はチューブだらけ・・
挿菅の際についた傷で歯茎から出血している。
外に出されていた家族が呼び戻され、臨終に立ち会い、
遺体にとりすがって号泣する。あの壮絶な蘇生術は何だった
のか?
「精一杯やった」という医者の自己満足のためではなかった
か・・
安らぎの世界に入ろうとする患者を強引に引き留め、愛する
家族との別れの時間を奪う非人間的な行為ではなかった
か?
人は本来、一個人として大切にされながら、穏やかに旅立た
せるべきではないのか・・
読売新聞「時代の証言者/緩和ケア医・山崎章郎」