1771 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
心と体の健康
「死を迎える時の心と体の変化」
今の時代、死は病院で迎えるため、家族は”死”というもの
がどういうものなのか? 家族の死を目前にしたとき何を
すればいいのか? 何も分からずただ戸惑うばかり・・
人が死を迎える時、死の予兆はおおむね3ケ月前から
現れます。
多くの場合初めに現れるのは「内向きになる」ことです。
人に会ったり出かけたりしなくなり、テレビや新聞も
見たくなくなります。
その代わり「過去にやってきたこと」をしきりに話したが
ります。自身が歩んできた人生の整理をしているのです。
もうじき死期がくることを自覚し、食は細くなり、食事を
取らなくなります。
周囲はそれが分かりませんから、心配して入院させます。
「胃ろう」の処置をして栄養を入れるため、餓死は免れま
す。
しかし、死を直前にして死相の出ている人が、もう一度
元気になり、歩けるようになるとは思えません。
年寄りが自宅で倒れると、慌てて家族は119番します。
病院の”救急治療室”に運び込まれ、本人の意思とは関係
なく、直ちに”延命措置”が施されます。
病院では、出来る限りの延命処置を施し、生死を操作し、
維持しようとします。
昔は、食べられなくなったら・・飲めなくなったら・・
それで終わり。寿命がきたと、静かに死を待ったのです。
今の時代は、直接胃に栄養を入れ、薬で止まりかけた心臓
を動かし、一分一秒でも生かそうとする。
どこで誰が、死への線引きを決断するのか? 患者本人
なのか? 医師なのか? 家族なのか?・・曖昧なままで
す。