■松下村塾学んだ志士
高杉晋作 久坂玄瑞 吉田利麿
入江九一 伊藤博文 山形有朋
前原一誠 山田顕義 品川弥次郎
木戸孝允
■明倫館に学んだ志士
高杉晋作 井上 馨 山田顕義
楫取素彦 村田清風
1610 「吉村外喜雄のなんだかんだ」
歴史から学ぶ 「吉田松陰の教育原理」
➀松陰が5歳の時養子入りした吉田家は、山鹿流兵学
師範の家。師と弟子が真剣に切り結ぶ「命がけの教育」
を、幼少の松陰に叩き込んだ。
②外国渡航を企てた罪で、野山獄に入れられ、実家杉家
に蟄居を命ぜられる、不自由な身の上になった。
動けない自分・・燃え上がる思いを弟子たちに伝え、
自分の身代わりとなって行動する人材を育てようとし
た。
③下級武士の松陰、権力も無ければ金もない。
あるのは”志”のみ。志こそ最も大切なものと考えた。
④松陰は書物をむさぼるように読み、幅広い知識を蓄え
た。知識がなければ知識を生かすことも、世の中を
動かすことができない。
弟子たちに、あらゆることを学ばせようとした。
⑤考え、行動する人間を育てるには、知識だけでなく
気力を養う必要がある。そこで「個別教育」で一人
ひとりと向き合い、意欲を呼び起こそうとした。
⑥師弟が共に同じ問題に取り組み、議論し、共に汗を
流し解決を求める。学問に上下関係は不要と考えた。
⑦は「感情教育」
⑧は「脚下照願の教育」
⑨学問は机上ではなく「実践」で学ぶことです。
学びを基に、どのように実践するかを考え実行する。
⑩松陰は自らの死をもって、弟子たちに実践することの
大切さを教えた。