■北陸は豪雪地?
1月下旬、鳥取や岡山に雪が降った。
数百台の車が立ち往生し、国道が閉鎖
された。その日、金沢に降った雪はわずか
数センチ。
温暖化の影響でしょう・・”豪雪”がニュー
スになるりは、北陸ではなく、新潟や青森、
北海道になった。
スノーパウダーが魅力の志賀高原も、
十年ほど前から湿った雪が一晩に40
センチも積もるようになり、志賀高原の
魅力が薄れてしまった。
1471 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
「56豪雪」
1981年、昭和56年「56豪雪」は、私が脱サラ
2年目でした。
1月11日大阪のホテルで、仕入れ先の新年会に出席し
ていた。終了後部屋に戻り、北陸が豪雪に見舞われてい
ることを知った。
TVで、国道も鉄道も全て不通になり、吹雪で交通が
マヒしている映像が流れていた。
さてどうしよう・・このままでは帰れない。寒波が去り
国鉄が復旧するまで、大阪に留まるわけにはいかない。
ただちに行動した・・今日中に新幹線で東京に移動し、
翌朝一番の飛行機で小松に戻ろう・・翌朝無事小松に
帰った。直後、空港は閉鎖。決断が遅れたら当分帰れ
なかっただろう。
昭和55年12月中旬から、翌56年2月末にかけて
猛烈な寒波が何度も南下・・全国的な大雪になり、
38豪雪と並ぶ、記録的豪雪になった。
福井市は、12月30日からお正月にかけて大雪になり
、積雪は1メートルを超えた。
正月の3日頃から雪は更にひどくなり、中旬には北陸の
交通網は全滅。
福井は196センチ、富山は160センチ、金沢125
センチを記録するなど、 観測開始以来、記録を更新
する市町村が続出した。
2月に入っても雪は降り続き、この年雪による被害が
長期間続いた。新潟県の上越市はついに251センチを
記録・・3月初めまで2メートルの積雪が残り、雪が消
えたのは4月11日だった。
金沢市は38豪雪の後、道路の除雪体制を強化。
主要道路に融雪装置を設置し、市内各所に雪捨て場を
作った・・結果、38年の被害を最小限に食い止める
ことができた。
1~2月は、毎日雪かきと屋根の雪下ろし。軽トラに雪
を積んで、雪捨て場を往復した。
会社は仕事にならず、休業状態が続いた。
神戸に転勤した兄の家の屋根雪を下しに行った時も、
市内の交通はストップしたまま・・歩いて6キロの道を
往復した。一冬に2度屋根雪を下ろしたのは、38豪雪
以来です。
18年周期で豪雪に見舞われていた北陸・・56の後、
30年間降っていない。