1433 【心と体の健康】
「人生逃げたらあかん(2)」
以下は、大島修治氏が九死に一生の命拾いをした
体験記・・前号の続きです。
♪「もう、死んでしまいたい」・・意識を取り戻した私は
何度も自殺を考えた。事業が追い詰められただけでなく
、火傷の激痛のあまり精神状態も異常をきたしていた。
イソジンという消毒液を振りかけての治療は、傷に猛烈
にしみるのです。あまりの痛さにモルヒネを注射して
もらうのですが、30分とは持ちません。
傷の痛さと睡眠不足でノイローゼになってしまいました。
首を吊ろうにも、右手の親指が無くなっていますから、
紐を結ぶことができません・・死のうにも死ねない自分
に悔し涙を流しました。
そんな私を励ましてくれたのは、やはり肉親でした。
妻は、中村久子という両手両足の無い女性が、誇りをも
って生き抜いた話しをして、励ましてくれました。
(吉村外喜雄のなんだかんだ/2009年9月3日
「中村久子/幸福は汗みどろの中から掴むもの」 )
http://www.noevir-hk.co.jp/magazine/2009/09/post_73.html
そして、私に生きる勇気を与えてくれたのは、74歳の
母の言葉でした。
「いいか、決して死にたいなどと思うなよ。おまえが
どんな体、どんな姿になっても、元気になってくれる
なら、私はもう一人子どもを産んだつもりでいるから
ね」
ぼろぼろ涙がこぼれた・・親より先に死ぬ親不孝はない。
二人の息子も入院して、お尻の皮膚を移植する手術に
協力してくれた・・
家族みんなから生きる勇気を与えられ、生きる勇気を
貰ったのです。
4か月半後の平成8年暮れに退院・・自宅療養に入っ
た。