■平常心是道
・永平寺の開祖"道元禅師"は
「自分の目は横に、鼻は縦についていた」
と、当り前のことに気づかれた。
・總持寺の開祖"瑩山禅師"は
「腹がすいたらご飯を食べ、
眠かったら寝たらよい」
と、ごく当たり前のことを言われた。
・良寛和尚は
「災難にあったら 災難にあい、
死ぬる時がきたら 死ぬだけだ」
と、知人に手紙を送っている。
1293 【吉村外喜雄のなんだかんだ 】
「平常心是道」
「平常心是道(びょうじょうしんこれどう)」は禅の言葉
です。
私たちが日ごろ口にする「平常心」は”普段の通り”
気負いもなく淡々とした心境を言います。
禅の言葉「平常心是道」の、平常心の意味は少し
違って きます。
人は一喜一憂し、悩んだり苦しんだり、泣いたり
笑った り・・心は常に揺れ動いている。
この揺れ動く心そのものが、自らの真実の心であり、
自らの姿てある・・と。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
十代から二十代にかけての私には、青春というものが
なかった。家族の面会も許されない隔離病棟のベッドの
上で、いつ治るともしれぬ病と闘っていた。
闘病生活に入って数年後、アメリカで新薬が開発され た。
新薬の臨床モデルになったことが幸いして完治した。
運がよかった・・新薬がなかったら、私は30まで生きら
れなかっただろう。
高校2年16才の時発病し、十分完治しないまま就職。
3年後i再発・入院・・28才の時ようやく社会に復帰した。
大学も行かず、同輩より10年出遅れての社会復帰・・
そんな思い・劣等感から、対人恐怖症になった。
人前でまともに話もできない状態が三十過ぎまで続いた。
人との何気ない会話にも緊張し、相手を正視できない・・
平常心を保とう、落ち着こうとするが、
かえって心に変調をきたし、顔や耳がまっ赤になる。
これではいけない・・早く普通に話せるようになりたい。
思えば思うほど緊張が高まり、心が揺れ動く・・
それが顔や仕草に表れ、その場から逃げ出したい、
いたたまれない心境になっていく。
このままでは人生の敗残者になってしまう・・
悩んだ末の結論は、最も苦手で避けたい職業”営業”
の世界に飛び込むことだ・・あえて苦手とする世界に入り
、逆療法で治そうというのです。
募集を見て大手住宅会社に就職・・営業に配属 された。
最も苦手な飛び込み訪問からスタートした。
数年後、心の病・赤面症は、みごとに完治していた。
その間に悟ったことは・・人前であがり緊張するのは仕方
がない。ありのままの自分を、隠さず素直に受け入れ、
認めてしまうことだ。
開き直りです。そうしなければ営業は勤まらないし、
会社を辞めなければならない。
顔が赤くなるのは抑えようがない。
相手が気づいたら「私は赤面症です」と、何恥じること な
く自分をさらけ出し、 緊張をほぐしてやる。
慣れは最高の薬! 毎日の営業活動が、普通に人と会話
できる人間へと変えていった。 業績が上向き、
社内の評価も高まり、多くの部下を持てるようになった。
人に弱みを見せまいと、当初は隠そうとしていた赤面症。
日々の営業で鍛えられ、精神面での悩みが解消したのは
大きかった。
しかし「対人恐怖症」そのものが消えて無くなったわけ
ではない。
要は「あるがままの自分」・・自分にとって 恥ずかしい
ことでも、周りから見れば”他人事”
私と別れて15分もすれば、私とのことなどすっかり
忘れているだろう・・ 気に病むことなど何もないのです。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
常にあるがままの”平生心”
これを仏道では「平常心是道」と言う。
どんな道を歩もうと到達点は一つ・・”あるがまま”の心で
いることです。
自らの心に”くだらない考え”を差しはさまなければ、
いつも好時節。
妄想や分別心を払いのけ、己の生き方に役立たないこと
は、何であれ”断ち切ってしまう”
加えて、人の道から外れないことです・・これが仏道です。
福井県越前市/お誕生寺住職・板橋興宗