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盲亀浮木の譬え

精 子

男性の精巣で、一日に約五千万~数億の精子が作られる。

精子は、DNAが入った丸い核に、泳ぐための足がついただけの

細胞です。寿命は、精子がせいぜい一日、精子も長くて三日・・
その間に射精がなければ、みんな役目を果せず死んでしまいます。

毎日、何千万、何億の精子が、睾丸の中で生まれては死んでいく。


運よく生きている間に射精があると、放出されたこれら精子は、

われ先にと卵子に向かって泳ぎ、突進していく。

受精できるのは、その中のたった一個の精子だけ・・一億二千万人

の日本人の中からたった一人、1人だけ生きる権利を手にするよう

なものです。
懸命に泳いで、誰よりも早く卵子にもぐり込み、この世に生まれて
きたのが私であり、あなたなのです・・なんと誇らしく貴重なことか!

一億の細胞からたった一人、奇跡の幸運を掴んだ私・・
選ばれ、生かされたこの命を、大切に守っていかなければならない。
自ら命を断つ自殺行為は、何があろうと、あってはならないことです。



1010 【吉村外喜雄のなんだかんだ】

「盲亀浮木の譬え」


人間に生まれてきたことを、当たり前に思っていないだろうか。
苦しいときに自らの境遇を嘆き、「命を絶とう・・死にたい」などと思ったりしなかっただろうか。
「人間の命が地球より重い」ことを知っていれば、「いじめ」などなくなるだろう。

この、かけがえのない命の重さについて、お釈迦さまは以下のように説いているのです。


ある時、釈迦が阿難という弟子に、「そなたは、人間に生まれたことをどのように思っているのか」と尋ねた。
『大変、喜んでおります』と阿難が答えると、釈迦は次のような話をして聴かせた・・「盲亀浮木の譬え」です。


果てしなく広がる海の底に、目の見えない亀がいた。
その盲亀は、百年に一度だけ海面に顔を出すのです。

大海原に、一本の丸太が浮いていた。
丸太の真ん中に、亀の首が入る大きさの穴が開いていた。

その丸太は、風の吹くまま西へ東へ・・南へ北へと漂っている。


「阿難よ・・百年に一度浮かび上がるこの亀が、浮かび上がった拍子に、丸太の穴に、ひょいと頭を入れることがあると思うか?」

阿難は驚いて、『お釈迦さま・・そんなことは・・とても考えられません』

「絶対にないと言い切れるか?」


『何億年、何兆年の間には、偶然にひょいと頭を入れることがあるかもしれませんが、無いと言ってもよいくらい難しいことです』

「ところが阿難よ・・私たちが人間に生まれることは、この亀が丸太の穴に首を入れることよりも、もっと難しいことなのだよ・・有り難いことなのだよ」と釈迦は弟子に語った。


「有り難い」とは、「有ることが難しい」という意味で、滅多にないことを言うのです。

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