« 禅僧・関 大徹「正眼僧堂の一日」 | メイン | 禅修行における悟りとは… »

とりあえず謝罪多すぎ

■勇 気
 
 財を失ったら  損失は軽い
 名を失ったら  損失は大きい
 勇気を失ったら 取り返しがつかな
 
 勇気は男の証
 財産や名誉は 失っても 努力で取り戻せるが
 勇気を失ったら 男ではない すべてを失う
 
 
799 【吉村外喜雄のなんだかんだ 】
「とりあえず謝罪多すぎ」
 
社長以下経営幹部が、記者会見で横並びに平身低頭。別の会社のトップは、 号泣してマイクを握りしめる。フラッシュを浴びながら、麻薬疑惑で頭を下げる有名女優。
「二度とこのような不祥事が起きないよう、全力で改革に努めます」と、神妙に頭を下げる放駒理事長。 首相が平身低頭する姿もあった。
 
今の世の中…謝罪に次ぐ謝罪…過去を振り返ると、 薬害問題で土下座する幹部たちの姿が最初?…あれだけ謝っておきながら、裁判では責任を認めなかった…非難の矛先をかわすパホーマンスだったのだろうか?
現在までに繰り返された謝罪は、300件を超えるという。
 
消費者行動論を研究する、慶応大学・高橋郁夫教授の調査によれば… 「謝れば許す」というのが日本人の国民性…一方で、不祥事があった時、 「謝罪しなければ許さない」という雰囲気が、この国の社会を隅々まで覆っている…と言う。
 
雪印の不祥事が発覚した時、対応を誤ったために、消費者はそれを許さず、 会社が消滅するという、最悪の事態に追い込まれてしまった。
 
一昨年、世界遺産のイタリア・フィレンツェの大聖堂で、日本人観光客らによる落書きが見つかり、問題になった。 落書きした日本の女子短大生…短大関係者に伴われて現地を訪れ…謝罪した。
 
フィレンツェ側は、日本にだけ強く謝罪を求めたわけではなかった。
泣きじゃくりながら謝る学生の誠意を受け入れ、 「これを契機に友好の絆が更に深まるでしょう」とした。イタリア市民は、謝らなければ済まされないと、 大騒ぎになった日本姿勢に、当惑したに違いない。
                         読売新聞「許す心」 より
 
日本人には、「とりあえずお詫びすれば、水に流してもらえる」…そんな「許し」 の甘えがあるようです…欧米で 「とりあえずお詫び」 などしよものなら、 すべての責任を負わされるだろう…
 
今年の夏、韓国併合100年の節目に、菅総理が韓国に改めて謝罪した。
グローバル化が叫ばれる中、 国際社会における許し許されることの本質と是非を、今一度見つめ直す必要があるようです。
 

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.noevir-hk.co.jp/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/1388

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

ひとつ前の投稿は「禅僧・関 大徹「正眼僧堂の一日」」です。

次の投稿は「禅修行における悟りとは…」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.36