■哲学の祖「タレス」 (今週の倫理676号)
ギリシア七賢人の筆頭に数えられ、哲学の祖とも言われる
タレスは、
紀元前六〇〇年から五〇〇年頃、 ミレトスという
商業都市に生まれ育った。
日蝕を予言するなど天文学に長け、オリーブ油を絞る機械に
投資して財を成し、
また政治の世界にも深く関与するなど、
様々な経歴を持っている。
残念なことに本人の著作は残っておらず、数々の伝説や逸話
となって、
現在に伝えられている。
・その中の一つに、愛弟子との次のような問答がある。
弟 子「人生で一番難しいことは?」
タレス「自分自身を知ることだ」
弟 子「人生で一番易しいことは?」
タレス「他人を批判することだ」
弟 子「人生で一番楽しいことは?」
タレス「目標を立てて、挑戦することだ」
800 【心と体の健康情報】
「禅修行における悟りとは…」
仏教の基本原理は、人の「生死病老」の悩みから解き放つことから始まる。
釈迦は、生死病老の悩みを解決するために、難行苦行に身を投じたが、
一つとして問題解決できず、
苦行は心身を傷つけただけで、何の悟りも得られなかった…そこで、
すべての苦行を打ち切って、
菩提樹の下で座禅を組んだ…
そしてついに”悟り”に到達したのです。
悟りを得た釈迦…
「奇なるかな、奇なるかな…一切衆生生草木国土ことごとく、如来の徳相を具有す」と叫んだという。
何をどう悟ったのか…「困苦して悟ったものを、
いま解き明かすべきではない…貧りと怒りに従う者たちに、この理法は理解できるはずがない」と。
では”悟り”とは何か? 禅宗ではそれを「冷暖自知」と言って、
「冷たさも暑さも経験したことのない者に、いくら言葉で冷たさや暑さを説明しても、
理解できるわけがない…自ら”悟り”
を得て初めて、
知ることのできるものである」と…
道元は「宋では、仏法を学ぶ者が千人いても、その中で悟りを開く者は、
一人か二人に過ぎない」と言っている。
大方の修行僧は、一生悟らぬまま、無為に修行に明け暮れることになる。その上で釈迦は、この理法の中身を”空”
と言い換えたのです。
私たち凡人は、”悟り”を得れば「一切の煩悩が消え去る」と思いがちです。
悟ったからといって、喜怒哀楽・物欲・執着といった煩悩がなくなるわけではない… 煩悩があるからこそ、
人の悲しみや苦しみが分かろうというもの… 煩悩のない人間は、
無感動のロボットのようなものだ。
禅問答の題材(公案)に、「婆子焼庵」というのがある。
♪昔、ある所に老婆がいて、一人の禅僧に安心して修行に励めるよう、
小さな庵に住まわせ、 食事や身の回りの世話をした。
しばらくして老婆は、禅僧の心の内を計ろうと、
美しい娘に身の回りの世話をさせた…禅僧が、娘の色香に惑わされるようなら、叩き出すつもりでいたのです。
しかし、数ヶ月過ぎても、禅僧は娘に心を動かされることはなかった。
ならばと老婆は、娘に禅僧に抱きつくように指示した…
娘は、座禅をしている僧の後ろから、
いきなり首に抱きついて、「こんなことをしたら…どうなさいます?」
禅僧は冷然として答えた…
「枯れ木が冷たい岩に寄りかかっているようなものだ…少しもその気にならん」
いかにも修行僧らしいみごとな態度に、娘は恥ずかしそうに戻って、老婆に告げた。
娘の報告を聞いた老婆…禅僧を庵から叩き出し、庵に火をつけて焼いてしまった。
-*-*-*-*-*-*-*-*-
このような事例を問答の題材にして禅問答を行い、禅の精神を究明しようというのです。
人間である限り、性欲・物欲・執着心などの煩悩を消し去ることは不可能です。
なのに、さも悟りきったように振舞った禅僧が、
偽善者であることを老婆は見破ったのです。
難行苦行の末に悟りを得たからといって、煩悩がなくなることは決してないことを、
問答を戦わす中から学ぶのです。