■NHK「坂の上の雲」プロローグ
まことに小さな国が、開化期を迎えようとしている。
”小さな”といえば、明治初年の日本ほど、小さな国はなかったであろう。産業といえば農業しかなく、人材といえば、三百年の間、読書階級であった、旧士族しかなかった。
明治維新によって、日本人は初めて国家というものを持った。
誰もが国民になった。不慣れながら”国民”になった日本人たちは、日本史上の最初の体験者として、その新鮮さに高揚した。
この痛々しいばかりの高揚が分からなければ、この段階の歴史は分からない。
社会のどういう階層の、どういう家の子でも、
ある一定の資格を取るための記憶力と、根気さえあれば、博士にも官吏にも、軍人にも教師にもなりえた。
この時代の明るさは、こういう「楽天主義」から来ている。
今から思えば、実に滑稽なことに、
米と絹の他に主要産業の無いこの国家の連中は、ヨーロッパ先進国と同じ海軍を持とうとした…陸軍も同様である。
財政の成り立つはずがない。ともかくも、近代国家を創り上げようというのは、
もともと維新成立の大目的であったし、維新後の新国民たちの、
少年のような希望であった。
720 【吉村外喜雄のなんだかんだ】
~歴史から学ぶ~
「日本人の習性、強みと弱点」
フランシスコ・ザビエルもダーウインも、ペルーも、
西洋人は初めて異文明に接した時、本国に詳細な報告書を書き送った…
その報告書から、面白いことがわかった。
西洋人に初めて出会った時、民族によって興味を示す物事が違ってくるのです。
朝鮮人は”書物”、琉球人は”地球儀”、日本人は滑稽なほど”武器”に興味を示し、
アイヌ人は無欲で、何も欲しがらなかった。
朝鮮は”儒教”で文人の国。琉球は海人の国。アイヌ人は穏やかな猟人である。
その中で、日本人の”兵備”への関心は突出していて、武人の国といえる。
1811年、明治維新の半世紀も前に日本にやってきた、
ロシア海軍士官ゴロウニンは…
「日本人は聡明で抜け目がない。模倣上手で忍耐強く勤勉だ。君主が偉大であれば、多年を要せず全東洋に君臨する国家になるだろう。
短期間のうちに、ヨーロッパ列強の海軍と比肩できるに違いない。日本人は、西洋に伍する”海軍”
をすぐに造ってしまうだろう」
と予言している。
このゴロウニンの予言は、日露戦争で現実になった。
日本海軍がロシアのバルチック艦隊を全滅させ、
海の藻屑にしてしまったのです。明治の日本人の強みは、「世の中は変わる。
人智と文明は進歩する」と信じ、「過去にとらわれず、自らを変える」ことに、ちゅうちょしなかったことです。
秋山真之は日露戦争の前、海軍学校で戦術の講義をした。
教壇に立って…
「ナポレオンは、一戦術の有効期限を10年とした。
日本海軍の戦術は2年を超えない…飛行機と潜水艦の時代になり、これから海軍は無用の古物になり、
いずれ空軍万能の時代がくる。
戦場は、軍艦対軍艦の平面の戦いではなく立体的になる。
今から教える過去に学ぶ平面戦術は、役に立たなくなるだろう」
この教えを、昭和海軍の上層部が学習し、守っていたら、
戦艦大和や武蔵を建造するという愚は起こさなかっただろうし、歴史は違ったものになっていただろう。
英国人女性イザベラ・バードは、明治初年に日本各地を旅行して、
公共事業の無駄 が多いことに驚いている。そして言った
「日本行政の弱点の縮図がここにある。
公共のお金が、給料の安い役人によって、食い尽くされている…」
100年後の今、鳩山政権は「官僚主導と無駄の排除」をスローガンに、
改革に躍起になっているが、
日本の行政の本質は何も変わっていないことを、歴史が教えている。
江戸時代に形成された、
お上に従順な日本人の習性は、
今も変らない。
日本史家/磯田道史「古今をちこち」より