建設会社を営むM社長、32歳の時に独立。妻に支えられ朝から晩まで一所懸命働いた。もともと腕の良かったM社長、 建てた家は評判となり、独立から七年後には、二十数名を擁する会社の社長になっていた。
M社長が夜遊びを始めたのは、ちょうどこの頃。最初は週に二、三度で、それも少し夜が遅くなるぐらいでした。それが連日、
午前様へと変わっていき、仕事は社員任せ。当然、夫婦喧嘩の毎日で、二人の子どもは怯え、暗い家庭になっていったのです。
このような状態で経営がうまくいくわけがなく、一億五千万円の負債を抱えて倒産。債権者を前にM社長は罵倒されるに任せ、
家に帰っては腑抜けのように布団を被って寝ていた。
ここで「何とかしなければ」と立ち上がったのが妻。ある朝、夫の布団を剥ぎ取って、「こうなったのは、あなたのせいだけではない。
私も悪かった…。二人で債権者を回って、迷惑をかけたことを詫びましょう」と言い出したのです。
妻の気迫に押されたМ社長、一軒一軒土下座をして回った。耳を覆いたくなる罵詈雑言の連続。しかし、最後に回った債権者が、 「経営者にとっては、倒産は宿命みたいなものだ。あんたたち夫婦にやる気を感じた。早く返済してもらいたいので資金を貸そう」と、 言ってくれたのです。
それからというもの、初心に返り、夫婦は朝から晩まで、必死になって働いた。
全債務を返済したのは八年後。「妻がいてくれなかったら、いま自分は生きていたかどうか。本当に感謝しています…」と、
M社長は真剣に過去を振り返った。
今週の倫理446号より
【心と体の健康情報 - 272】
~子育て心理学~
「福祉が充実すると、社会が乱れる?(2)」
国会で、毎年三万人の自殺者を減らそうと審議している。ところが、日本や北欧のように、福祉が充実している先進国で、 生きがいを失い、自殺者が増えているのは何故なのか? 考えなければならない現象です。
社会の弱者を保護することは、先進社会にあっては大切なことです。
弱者に対する税制上の配慮、失業救済、身障者・病弱者・高齢者の保護、その他社会福祉の充実によって、貧しい人、
困った人が救済されます。
しかし、どんなに制度を充実させても、ものには程度があって、バランスを失わないことです。弱者になって、福祉の恩恵を受け、 国の庇護に頼ったほうが得だと悟った時、人は哀れにも、自ら、弱者になり下がろうとする…。
こうして、弱者に手厚い保護を加えれば加えるほど、更に弱者が増える社会になる。弱者天国の行き先は、 個人の堕落と社会システムの崩壊…。これ以上の不幸はない。
企業においても同じことが言える。福利厚生を充実させ、社員の給料や待遇を良することが、経営者の責務と考える。
「福利厚生を整えれば、優秀でよく働く人材が集まり、会社の離職率も下がるだろう…」と、ほとんどの経営者が信じて疑わない。
私は、日立家電(18歳の時)、積水ハウス(28歳の時)、ノエビア(38歳の時)、何れの会社も創業間もない頃、その会社に携わり、
頑張ってきた。
創業間もなく、給料が安く、待遇が今よりずっと悪かった頃、毎晩遅くまで必死に働き頑張った。あの頃の方が、社員に熱気があり、
ヤル気に満ちていた…。
そういった、幾つか大きな会社に勤めた経験から、「給料や待遇は良くすればするほど、人は働かなくなる」
「いくら待遇を良くしても、辞める人は辞めていく」という現実を見てきた。
人が一番働く環境は、福祉が充実した会社でも、週休完全二日制でも、世間より給与の高い会社でもないのです。
前の会社で管理職をしていた頃、下請け業者を引き付けておくには、徳川家康の「農民は太らせず、やせさせず」
の状態にしておくことだと、上司に教えられた。下請け業者、儲かってお金が貯まると、百万円もする掛け軸を買ったり、豪邸を新築したり、
クラウンに乗ったりして、働かなくなる?
「活かさず殺さずが丁度良い」と…。
(今の私は、三方良しの精神で経営しています)
家康が、人心を掴むのが上手いと言われる所以の一つは、この言葉も感じられる。給料や待遇は良すぎず、悪すぎず、
ほどほどのとき"人は最も働く"ということを…。
会社経営も、同じことが言えるのでは? 儲かり過ぎず、悪すぎず、ほどほどの時の社長が、一番生き生きとよく働く…。
中日新聞 漫画家 江川達也「本音のコラム」より