戦後教育における課題とニーズ
九年前のこと。武装ゲリラが占拠を続ける、ペルー日本大使館人質事件取材
のために、首都リマに出張した新聞記者。
国は貧しく、赤信号で車が止まると、子どもが駆け寄ってくる。
車の窓ガラスを拭いて、わずかばかりのお金を貰うためである。
取材班に現地の運転手が付いた。穏やかで働き者の彼の労をねぎらおうと、
食事に誘った。大きな体なのに半分以上食べ残した。包んでもらって店を出た。
家族に持って帰るのだろうと思っていたら、彼は食事の包みを、道端の子ども
達にそっと差し出した。「お腹が空いていたようだから」と、はにかむように言う。
飽食の国から来た記者、「ハッ」として、黙ってうなずくだけだった…。
「中日春秋」より
【心と体の健康情報 - 255】
~子育て心理学~
「戦後教育における課題とニーズ」
子殺し、親殺しなど、些細な理由で安易に人命を奪ってしまう、今の世の中。
そんな殺伐な事件が頻発している。社会のモラルの低下は、今や憂うべき状態です。どうしてこんなに荒んだ世の中になってしまったのだろう?
理由を求めれば、戦後教育のあり方に問題があるように思うのです。
少し前の、私の親の世代は、礼儀正しく親切で、公徳心が高く、真っ正直な人が多かったように思う。今のように「知らない人に声をかけられたら逃げなさい」などと、子供たちに注意を呼びかける、そんな物騒な世の中ではなかった。
以下、(株)ベンチャー・リンク 「いま教育に求められているニーズ」から、戦後子ども達の教育環境が、どのように変化していったのかを、振り返って見たいと思います。
戦後の政府の教育政策に、マスコミの批判が集まった、最初の大きな問題は、1960年代、団塊の世代の成長とともに、急速に加熱した「受験戦争」だった。
学歴社会、競争社会の弊害が声高に叫ばれ、受験のプレッシャーによる「自殺の増加」や、詰め込み教育についていけない「落ちこぼれ」 などが、問題視されるようになった。
母子で受験勉強に邁進する様を揶揄する、「教育ママゴン」という流行語が生まれ、70年代まで長く続いた。これを重くみた文部省は、到達度別クラス編成などの試行を経て、1977年「ゆとり教育」を打ち出し、それが現在まで続いている。
文部省は、知的能力学習に偏重していた過去を反省して、
(1) 授業時間の削減
(2) ゆとりの時間を設け、児童生徒の「個性」に応じた教育指導を行う
といった内容の改善を試みたが、「家庭内暴力」「校内暴力」「登校拒否」
「いじめ」など、更に問題が広がっいった。そしてそのどれもが、現在も明確な解決策を見出せないままでいる…。
この頃マスコミでは、「日本がアメリカと戦争したことを知らない高校生」 「分数ができない大学生」などが話題になった。この傾向はその後も続き、近年では、「円周率=3」や「天動説を信じる子供たち」が、大きく報道された。
バブル崩壊後、国全体のモラル低下を映し出す鏡のように、「伝言ダイヤル」に始まる「援助交際」の増加や、「少年犯罪の凶悪化と低年齢化」
といった問題から、「人を殺してはいけない」「性を売り物にすべきではない」という、最低限の規範さえ持たない、少年少女の存在がグロースアップされ、社会に衝撃を与えた。
こういったことは、現在も改善されることなく、「学級崩壊」「引きこもり」なども、 いっこうに減らない。このような状況のもと、親たちが学校に期待することは、 「基礎学力の充実」の一位は変わらないとして、ほぼ同数の保護者が「道徳などの人格教育」を、学校に求めている。
2002年の学習指導要綱改訂では、「総合学習」が登場。同時に学習内容がさらに削減されて、「週休二日制」が実現された。
空いた「土曜日の時間」に対する受け皿として、学習塾に通う子どもが増え、子ども達にゆとりが感じられない状態が続いている…。
勉強の出来る頭の良い子に育てようと、躍起になっているお母さん…。
我が子の幸福を願うとき、社会のお役に立てる、弱い者に慈しみの目を向けることが出来る、そんな優しい心の人間になることの方が、大切だと思いませんか?